ぬらっ。自動振込ぬらっ。絶対イヤ!

2018年05月17日

ぬらっ。おじいちゃんの恋文3

ぬらっ



"900920③おじいちゃんの恋文 /世にも奇妙な物語"
https://t.co/dvgeV0NATI
「おじいちゃんの恋文」見た。15分の話だが9分でオチが読めてしまった。
孫が自分と同じ人を見たときのリアクションがおもしろい。

おじいさんが、孫の名前で若い女性と文通する。会ってほしいと言われ、生涯の最後に神に願って孫の体を手に入れる。
旧かなに反応するあたり、お互いが老人である伏線だろう。

若くありたい、青春をしたいという老人の気持ちはとてもよくわかる。同情を禁じ得ない。
でもなんで相手が同じ状況ならば、また会いたいと言えるのだろう。
これで第一シリーズを見終わった。まだ1990年だ。先は長い。







AIの記事に中島さんから反響あったけど、その意味がもうわからない。判定は、そのときそのときでそこにいる人がするものだ。読者の目と作者の目は入り混じる。世にも奇妙な物語を視聴者として見ていても、「この台詞はどうなんだ」という制作者目線がふいに出てくる。
いや、全然そんなことじゃないのかもしれないし、そういう意味での「もうわからない」。

ともかく「作品です」と目の前にモノを出してもらわないと話ができない。その前にルールを決めても、すごいやつはそれを踏み潰していくんだから。

啄木の未完成を完成させる試み、ブログではほぼスルーしたが、考えてみたらやっぱりすごいんじゃないか。三十代の啄木の作品も読めるようになる可能性があるし、歌をつくらない人の歌を読めるようになる可能性もあるぞ


いずれにしても、よくわかってないことをえらそうに言い過ぎたかもしれない。ちょっとはずかしい。



校庭に白線を引くための器械があるよね。動かすと白い粉がでてきて、それによって線を引くの。いたずらな生徒が線を踏んで消しちゃうこともあるし、ぼんやりした生徒が線を踏んで消しちゃうこともある。
そういうことを思い出しています。
オレは線を踏んだりはしなかったな、と







また歌人の訃報を聞いた。

オレが死んだときに、「工藤吉生さん」というタイトルの、短い追悼のブログ記事を書いてもらえたらうれしいだろうな。それが一輪の花なんだよ。

あの人はブログ書くのが好きな歌人だったねと。
ぬらっ、ってよく書いてたねと。



亡くなった猫をアイコンにしている。
そうしたら、アイコンが変えづらい。「よし、これはもういいでしょう」というわけにいかない。
すぐ噛みつく猫だった。



生きているものは変化する、変化しないものは死んでいる。
という言葉をよく思い出す。「朝まで生テレビ」で誰かが言っていたのを聞いた。







暑くて、仕事以外は寝てばかりいた。右腕が痛い。
自分、疲れてるかも。


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2018年4月のオレの短歌とその余談 https://note.mu/mk7911/n/n312ada1a7ec2


未来賞をいただいて、いま書きたいこと
https://note.mu/mk7911/n/n0b1f389aea2f



などなど、
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mk7911 at 05:08
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