2015年08月

2015年08月31日

ぬらっ。ジグザグジグザグジグザグ

ぬらっ。




一昨日の記事が長かったし、昨日は特に書くことなかったので休みました。楽しみにしていた人はごめんね。




8/30

河北新報に歌が載った。三週つづけてだ。
そろそろくるかなと思っているが、日経歌壇はまた載らず。

河北の打率は.350まで上がった。
しかしまさか一ヶ月で同じ新聞に4首載るとはなあ。




8/31


毎日新聞に載った。打率は.219でほぼ横ばい。詳細はメインのブログ http://blog.livedoor.jp/mk7911/ で。



デモ隊ジグザグジグザグジグザグ回転寿司ぐるぐるぱくぱくぐるぐる
っていう歌を出したが載らなかったな。以前加藤治郎さんが「デモ隊ジグザグジグザグ」ではじまる短歌を連続でツイートしていたからそれに応えたんだが。治郎さんが落とすならほかのどこにも出すことはできない歌だ。



読売歌壇を読むたびに、なんで同じ工藤なのに重雄さんはいつも載ってオレは載らないんだとおもう。いつもだよ。いやんなっちゃう。あと2回くらい買ったらやめる。



近所においてない毎日新聞を販売所で買った。優しくしたやしきたかじんみたいな人から。
コンビニで買った朝日と読売を持っていたから「全誌読むんですか?」ときかれて恥ずかしかった。新聞全部読むとか、オレはやじうまワイドかよ。って、なつかしいな。


mk7911 at 06:59|Permalink

2015年08月29日

ぬらっ。未来の見本誌がきた

ぬらっ。


塔をやめて未来に行きたくなった話

http://blog.livedoor.jp/mk7911-akogare/archives/51916924.html
のつづき。





8/28午後

「未来」の見本誌がきたんだけど、アウェイ感すごいな。すでに持っている三年前のものとたいして変わらないんだが、見たら怖じ気づいてしまった。ちょっと待ってくださいと言いたくなる。

結社とかって「嫌ならやめればいいじゃん」って言うけど、いやいやいやいやいや。どのツラ下げて行けばいいんだと思うね。入会を想像すると棒でつつかれるような気持ちになるもん。


この前は移りたい気持ちが強かったけど、目の前にしたら緊張して動けなくなってきた。あー誘われないかなー。一人では行けない。


老人の匂いが薄くなると、それはそれで若い血の匂いがしてきてクラクラする。
塔をはじめて読んだときから「若い人と年配の方は分けたらいいじゃん」と思っていたが、ある程度分けられてみると、若々しさみたいなのがすごい。塔は点在してるからほどよく薄まってるんだよ。


これは覚悟いるなあ。
移りたい7:残りたい3
くらいだったが、五分五分まで戻った。


さっきも塔の人にフォローされたし、つながりがどんどん濃くなってるんだよ。それを断つっていうのは覚悟がいるよ。つよい気持ちがないと移ることはできない。三年とはそういう月日だ。


塔と未来を両方やってるひとがいるけど、いかにも中途半端で、あんまり真似したくならない。金銭も労力もかかるからな。


見本誌をしばらく読んで考えよう。所属したい欄を中心に。


声がかかるのを待ってるっいうのはだめなやつだよねえ。相談したい気もするが、言ってもらいたいことがすでに決まっていてそれを言われたいだけのような気もする。


塔では二度も誌面時評で名前をだしてもらったり、座談会で言及されたこともあった。大事にされてきたなあ。


このまえ塔の歌をツイートしてみて、オレはけっこう塔を楽しんでるなと思った。たのしかった。読むのはつらいけど、丸つけた歌について考えるのはたのしかった。

いやしかし、毎月「ぬらっと!」でやるたびおもうんだけど、選者の歌がどうも面白くないんだよ。それはどうなのか。なんともおもわないような人に選歌されてもありがたくない。嫌というほどではないけど。
面白いとおもえて言葉も信用できる一人にしぼったほうがいいんじゃないかと。

東北支部であんまりなじめなかったからな。花の名前を知らないと恥をかくような空気がいや。老いや家族のことは、今やらなくてもあとでいやでも直面するやつだろ。今我慢して付き合うようなことかなあ。

そういう、がまんがまんが毎月つづくのに疲れてしまった。合わないから、こちらから合わせにいくんだけど、そればっかりじゃ、なんだかねえ。出口のない我慢。

塔の若い人の歌にもとくに未練はない。老人のなかにいれば新鮮で多目に丸がつくけど。ほんとに好きかといわれるとね。

このまえのお盆にやった東北歌会は象徴的だったな。
座った席の左がわ三人が塔の方で、右に二人未来、それも彗星集の方がいた。オレは塔と未来のはざまにいたのだ。

からだが二つあったらもう片方は治郎さんの欄に行きたい、とその時に言った。
でもひとつしかないから迷っているのだ。

彗星集の人としゃべったのが、そっちに移りたい気持ちを加速させた。
塔の歌会で知らないことばかりでついていけなくてしんどかった時にも移りたい気持ちだったけど。







8/28夜

ていうか飽きちゃったんだよ。同じところによく十年も二十年もいられるなあ。歌会が自分に合えばつづくかもな。オレはそんなに。みなさんいい人なのはわかるのよ。

さっき書いた東北歌会のときに、塔の歌会に来てくださいよと言われ、なんだかんだ言い訳してしまった。司会がいやだとか歌会記がいやだとか課題の歌集が入手できないとか。
ほんとはそうじゃなくて、いやだからいやなんだろうな。

金かかるし、日曜だから仕事場に断らなきゃ休みがとれないし、そこまでして参加したくないなあ。義務みたいにしか感じない。それだったら辞めたほうがいいとおもっちゃう。
変な後ろめたさからも自由になりたい。



移りたい気持ちは五分五分と書いたけど7:3にもどった。
未来の見本誌をよくよく見たら、そんなに怯えることはないなと。結社内で賞をとったりすると「ニューアトランティス」っていうところに昇欄するんだね。だから治郎欄にそんなにすごい人はいないんだよ。オレでも大丈夫そう。

治郎さんの欄は、なんか「うたつかい」っぽかったな。ほとんど口語で、透明感のある歌が多い。だからオレだと場違いな感はある。でもまあ、そんな空気を読む必要はないでしょう。
この欄が口語の人の受け皿になってる感じかなあ。


黒瀬さんの欄になると文語旧かなが増えるんだよ。やっぱすこしは関係あるんだね。
あと、掲載順は住所が北の人からだった。治郎さんのところに宮城の人はいない。



移るとしても、前金がきれる12月までは塔にいる。1月からあちらにいきたい。ということは、来月の月詠が最後になるわけだな。それ以後は出しても誌面で確認できないから出さないほうがいい。

1月にあちらに載るようにするには10月には入金を済ませて出詠する必要がある。それまでが考えるタイムリミットだ。逆にそこまでは結論を急がないようにしよう。
移れるとはいっても、そんなにポンポン出たり入ったりするもんじゃない。

鍵の外に出るようになってきたし、これからかなというところもあるんだよ。

なんか新しいことをしてガラッと変えたいんだよね。刺激がほしい。塔は落ち着けるいい場所なんだけどね。落ち着きより刺激がほしいんだよ。短い間だけでもいいからドキドキしたい。

事典ももらったし主宰交代もあったし、いいときに居たなあ。選歌欄評をやり終えて荷がおりたし、そろそろ、っていう思いよ。

あっちが合わなかったらまた戻ってくるんだろうなあ。それは最高にかっこわるい。
でも、あっちを気にしながらこっちにいるよりは、一度あっちも経験したほうがスッキリしそうなんだよな。やらないで後悔より、やって後悔しろとか言うじゃん。陳腐だけど。






8/29

言葉ではない!!!!!!!みたいな人がいるかと思ったらみんなおとなしい感じだったな。句読点が多かったり、詞書や詩みたいなのをいれてくる人はいた。

ほかの欄だと57577じゃない形をやってる人がいたりしたけど。

記号を使うところとかユニークなオノマトペとか時事詠とか、そういうのはあんまり引き継がれてない印象。



彗星集は三十数人だった。そんなに多くない。そこ出身で無選歌欄に移った人ならばたくさんいる。この人数ならば丁寧に見てもらえそうな感じはする。毎月同じ人だしな。

載る歌の数が多い。9首とか10首ふつうに載る。そこまでのらないひともたくさんいるが。それで総ページ数が同じなのだから、出詠者はすくないわけだ。

巻末の評のページが、塔は24ページ、未来は16。さすが塔は手厚いね。
その評の多さをちょっとめんどくさく思っていたところなんだが。そんなに必要かなと。評のうまい人ばかりでもないし(人のことは言えないが)、読むのがしんどい。

塔は載るのがだいたあ4-6首、って言ったら未来のひとが驚いてたもんな。
でも塔のほうが評価はこまかい。鍵の内外みたいな評価の仕方が未来にはない。「プラザ」(新樹集的なページ)に選ばれるか、評がくるか、何首のるかくらいだ。まあそれで充分か。


未来に誌面時評がないのは、欄ごとにある程度自由にやってるからだろうな。ひとさまの欄には口出しできない感じがある。

未来の一冊1800円て高いな。塔と同じような本に見えるんだが。字が濃くてはっきりしてるけど、パッと見ではそれくらいしか違いがない。

未来 1800×6冊で10000円ならば
塔 1000×6冊で9000円よりは、ちょっとお得にみえる。
でも同じ本のように見えるんだが。ページ数もかわらないし。



原稿用紙の書き方の例が土屋文明だ。さかのぼれば塔と未来は繋がっているんだなとおもう。
市販の原稿用紙が必要になる。専用のを買うこともできるようだが。







今回はここまで。
ほとんど移る気でいる。


mk7911 at 20:29|Permalink

2015年08月28日

ぬらっ。好きな格言、健康診断

ぬらっ



askの質問ひとつ。

あなたの好きな格言は?
  オスのガラガラヘビにとってこの世で最も美しいのは、メスのガラガラヘビである。 http://t.co/xSMeWSO2Za

これはビアスの「悪魔の辞典」に書いてあった言葉。







オレは過去のオレにむけて書いてるようなところがあるな。だからその知能に合わせる。読んではもらえないとわかっていても。それは結局自分のためかもしれないし、架空の人間のためとも言えるかもしれない。
だから、もういないひとに向けて書いているとも言えるし。

尊敬する歌人にそんなに読まれたいかというと、どうかなあ。うーむ。

オレは17でいちどediqf@(伏せておきます)している。その後、図書室に救いをもとめたけど、心にとどく本はなかなかなかった。その頃の暗い歪んだいじけた自分に話しかけたくなる。なにか届けたくなる。

そんなことをよく思うけど、実際にできた歌をみるとそうなってないんだなこれが。そのあたりからみて満足するものをつくるのが、オレの達成だろう。

オレのなかに、終わっていないひきずっている過去がある。そこが目的地なのか。
じゃあいつもの日記みたいな歌はなんだろう。

終わったことはどんどん薄れたり変わったりしてしまう。そればっかり思い出しているわけにはいかない。

初期のころはたしかに学校の歌がけっこうあったんだよ、オレには。だんだん現在になったけど。
過去はひとつのテーマだとしても、今を生きないと。

うーむ。自分のテーマについて考えた。なんのためにうたうのか、みたいなことは簡単ではない。自分が何をしたいのか、いまいちわからないままここまで来ている思いがする。また考えてみたい。







健康診断やった。若いういういしい女医さんに診察された。オレが協力的でスムーズにいったので、ちょっと雑談になりかけた。いい感じだった。
仕切られていて、なんか妙に距離が近くて、そわそわしちゃった。
なぜか視力が上がっていた。


mk7911 at 09:23|Permalink

2015年08月27日

ぬらっ。カシオのポータブルCDプレーヤーPZ100 を部屋で見つけた

ぬらっ



カシオのポータブルCDプレーヤー、PZ100を部屋で見つけた。まだ動く。 http://t.co/l2HHGfZeMc




Screenshot_2015-08-27-08-36-35-1



いつ頃つくられたやつなのか、検索したがわからなかった。PZ800というのが90年代半ばにつくられたらしいので、同じくらいじゃないか。

リモコンはなくて、本体のボタンでのみ動く。動かすには単3乾電池四本が必要。

BBSというボタンがあり、オンにすると低音がでかくなる。音質をかえるのはこのボタンのみ。
ボリュームをいじるとザリザリと音がする。

たぶんオレが最初に親に買ってもらったプレーヤーだ。
思い返してみれば、1994年のクリスマスプレゼントじゃないか。よくぞ無事で。


再生してみるとなかなか音がよくて、大満足。電池はすぐなくなりそうだが。

もともとはアダプタがあってそれをコンセントに差してたんだけど、断線したんだね。その代わりの線を探したけど電気屋でも見つからずに(店員に話しかけられずに!)断念したのだ。これがあるのを忘れてほかのプレーヤーに買い換えていた。

しばらくは充電池で動かしていた気がする。充電器に電池を入れると充電される、何度も使える電池。

でも長持ちしないからいつも電池を入れたり出したりしていたんじゃなかったかな。
機器に電池をゴロゴロ入れたり出したりするのも、なんだか古い感じがする。

今日そのプレーヤーに乾電池四本の向きを注意しながらセットしたけど、なつかしいことをしてる気分になった。

これまで使っていた、電池一本で長く使えて音もさまざまに変えられて軽いソニーのDE730が再生できなくなったので、しばらくはPZ100を使おうっと。


音が出た瞬間はちょっと感動したし、今日のクライマックスだった。
mk7911 at 08:32|Permalink

2015年08月26日

ぬらっ。毎日が勉強だ

ぬらっ。



二日で三首というスローぺースで百人一首の本を詠んでいる。知らないとまずいかなーと思って。真ん中を過ぎたところまできた。

くどうの毎日お勉強シリーズは
「えんぴつで読む万葉集」
→篠弘「現代短歌史」
→上野誠「はじめて楽しむ万葉集」
→谷知子編著「ビギナーズ・クラシック 日本の古典 百人一首」
ときた。

いやその前の、小高賢さんの「近代短歌の鑑賞77」「現代短歌の鑑賞101」「現代の歌人140」を一日一項目読んでいたところから始まってたな。

長時間集中するのが苦手というか、頑張りすぎると続かなそうだから短時間を続けるようにした。いくらでも課題にしたい本はあって、死ぬまでやっても基礎的なところが終わらないような気がする。



次は古今和歌集を考えている。あとは、手元にある「和歌の解釈と鑑賞事典」を読むとか。


mk7911 at 07:26|Permalink

2015年08月25日

ぬらっ。オレに似ている人、またも投稿はボツ

ぬらっ。



Hさんがでてきて、焦りがうまれた。オレと活動がかぶっていて、そのうえオレより活動していてものも読んでいる。見ると自分と比較して暗い気持ちになるから見えないようにした。

地方の問題意識もオレよりすすんでるでしょ。
猫アイコンじゃないだけでもいいのに、そこもかぶってるんだよな。botが猫アイコンなのも同じだし、ライブドアにブログをもっているのも同じだ。結社も同じ。かぶりすぎじゃないか?
こういうのも結社を移りたくなる要因だ。単体ではなんでもなくても、集まるとじわじわくる。

Wを使って笑うのが気に入らない。書いたものを線で消して見せる文章の書き方が気に入らない。それが決めてになったリスト解除だ。

偶然だろうから問題にはしないけど、かぶってるほとんどは、オレが先に始めたやつじゃないか。ライブドアブログも短歌botも塔も。なーんかいやだなあ。
いろいろやってるわりに個性が薄いのも、自分をみているようでつらい。


新聞への投稿もだよ。出している新聞と選者がオレと同じだ。
全国紙とあわせて地方の新聞に出してるのもオレと同じだよ。そしてオレが先にはじめたことだよ。
いやー、すごい偶然。まあ狭い世界だからこういうこともありうるわけだ。

おはなんとかよりオレの「ぬらっ」が先でしょ。出囃子ツイートをつかうところまで同じじゃないか。それもオレが先にはじめたやつだよ。
もっとも、オレより早くから出囃子をつかっている短歌のひとは太陽の塔の田中ましろさんしか知らないけど。

オレは責めてるんじゃないよ。たやすく重なるから、逆にオレの平凡さをあらわにされている気持ちがするのだ。オレが考えつくことくらい、ほかの誰でも考えつくのだよと。

にているからこそ違いを楽しむ、とオレは言った。Hさんの歌会やツイッター上の企画が個性であるように、オレの「ぬらっと!」も個性なのだ。
そのようにお互いに個性をのばしていけばいいのだ、ときれいに締めくくりたい。

が、やっぱり似すぎだし居心地悪さはある。

同じような人が同じ場所にいてもアレなんで、オレはなるべく遠くに行きたいですね。地理的にはとっくに遠いが。
あるいは、同じことをしても自分の良さが出るような人間でありたい。
歌が似ていないのが救いだ。歌まで似ていたら本気で憎むだろう。


自分の上位互換みたいなひとがでてくるといやだなあ。たとえ取り替えがきくとしても、やはりオレはここから離れられないし、そのために自分はかけがえのない存在だと思い込みつづけるしかないのだ。

オレは行動力のなさをとても気にしている。急所だ。弱点だ。それを克服してなおかつ投稿も盛んで結社や投稿箇所など諸々がかぶりまくっているなんて、ゆるせね↑ーよ。







角川「短歌」、また投稿欄には載らない。全滅していた。題詠も。
死にはしない。死にはしない。1500通6000首の応募から、320首くらいしか載らないわけだからな。こういうこともある。

オレの出した歌は悪くはなかったと思うが、採れないというなら、まあそういうこともあるかもしれないと思った。

四月がかなり不調だったがそれにくらべればまだいいかな。






総合誌を読むのに時間をだいぶ使うけど、それがしたくて短歌やってるわけじゃないんだよなあ。もっと読むページ読まないページを考えよう。

買ったまま読めない近代短歌の本もあるし、好きな本や大事な本を読み返す時間もあっていい。

ツイートしてるときはたのしい。これはオレの比較的独自なやつだし、つづけよう。







塔を読み終わった。そういえば手紙をやりとりした人もいたなあと思い出す。みんなそれぞれ生活してるなって思うよ。

でもえげつなさがもっとほしいなあ。どこにいけばあるかなあ。
せっかく結社という歴史ある組織にいるなら、師弟関係とかそれに近いのもやってみたいな。迷走しているオレを、(精神的に)より近くで見ていてくれる人がいてもいい。





歌会たかまがはらのbotには不満だ。小林、木下、藪内、黒瀬、ぺんぎん回で入選してて佳作にも何首か入ってるこのオレの歌が、なんでめったにツイートされないのか?


mk7911 at 19:33|Permalink

2015年08月24日

ぬらっ。結社のことで迷っている

ぬらっ。


新人賞。
はじめてだけど佳作とか最終選考通過とか、そういう人がうらやましい。苦節十年とかそういう人の話はあまり聞かないけど、いてほしい。最初のほうでダメな人はずっとダメかと思うとやってらんないわ。
ダメでもやめられないのよ。そこは惚れた弱みよ。






毎日読売朝日は載らず。
朝日に2首載ってる人がいる。ハガキ一枚に一首の規定だから、二枚は出してるんだな。それくらいしたほうがいいのか。

読売は7/16に出したのが最後。あと三週くらいしたら買うのやめる。一年出しつづけて、つまり150首だして、載ったのが3首とは、きびしいなあ。


けっこう歌はくるしいところなんだよ。作っても作っても冴えない。

木下、伊舎堂、柳本の名前をみるとピリピリする。オレなんて全然だよ。
くらいついていきたいところなんだけどな。どうも足りないようだ。


法案が通って戦争になって赤紙がきて兵士になる、みたいな物語をやるとウケるんだよ。オレは知ってるの。知ってるけど乗りたくないの。可能性のひとつとしてはあるけど、そうなるのかなんてわからないから知ったようなことは書きたくないし、オレが今から乗ったら後だしなんだよ。

だってそんなにわかりやすくみんなが思ってる通りに動くかなあ。結果はそうなるとしても、そのルートかはわからない。70年前そうだったから、ってだけでしょ。そういう単純化を恐れる。




新聞にのるのをそこまで大事に考えているかというと、そうでもないんだよね。じゃあ何が大事かといわれると困るんだけど。ああ新人賞か。







結社はいま迷ってるところで、「未来」への移籍欲が強い。昨日も「塔」を読んでいて退屈だった。もっとわくわくしたくて短歌やってたはずだと思う。もう吸いつくしちゃってわくわくすることは残ってないのか。

吉川さんの政治ツイートにのれない、というような些末な理由もある。

上の世代にも下の世代にもなじめない。若手もいいけど、うまい歌とオレが好きな歌とはちがうんだよ。

会費を振り込んだばかりというのもあって動きづらい。
選者に声をかけられたら一瞬で移る気がある。

でもなあ。行ってみたらおもったよりつまらないってこともあるからな。ひとつの場所でだめなやつはほかに行ってもだめなんじゃないかという考えがあって、慎重になっている。

黒瀬さんがオレに「三年はつづけなさい」と言った。そろそろその三年なんです。2012年夏に入って、2013年1月号から歌がのっている。
三年になる。だから考えている。

歌会がしたくて塔に入ったが、やったら満足した。そもそもその「歌会がしたくて」って動機がおかしかったのかもしれない。誰にも相談せずに入会しちゃったんだよ。

治郎さんのところに興味あるんです。
治郎さんがいつか、入りたいところがみつかったらためらわずに行きなさいということをツイートしていて、ゆさぶられた。

オレは慎重なので、それでもためらっている。


こんなツイートだ。
最も尊敬する歌人に師事できない理由はある。
短歌や歌人のことがよく分からないうちに誰かの紹介で、或る短歌結社に入る。そして、2、3年たってようやく師と呼べる歌人を見出す。
そのとき結社の中で人間関係できて雁字搦め。

いや、遅くはない。
今すぐ、真に尊敬する歌人に師事したらよい。




入ってすぐのころ、塔のすきな歌人をきかれたが答えられなかった。自分だと言いたくなる。じつは、今でもそう。この人の選だとうれしい、とかもない。
でも、丸をつけようとすればつけることはできるし、それでいいと思ってきた。


考えてみれば、誰だって「あのときああしていたら」というのを抱えて生きているものじゃないか。


発言として治郎さんの言葉は好きだ。引っ張る力があって。歌もおもしろい。
でもこれは尊敬かなあ。そこを考える。


今日は加藤治郎さんの「うたびとの日々」を読んだ。人となりや考えていることがわかった。結社から新聞歌壇へという考えとか、短歌は才能ではないとか、興味を感じるところが多かった。信用できそう。

以前もらった三年前の「未来」を読んだ。名前が大きく載るし、活字もしっかりしている。このましい。







塔に入るときになにが動機にだったかを思い返す。おもえば、「なぜ塔に?」ときかれるたびにしどろもどろだった。

歌会がしたかった。これが最大の理由。いまは東北でやってる超結社の歌会もあるし、塔の歌会もわかったからおおむね満たされた。

「未来未来ってツイッターがうるさいからそこ以外にしたかった」「選者を一人になんてしぼれないから」という理由で塔にしたけど、これはもう無効だ。前者は子供じみているしな。こういうのは、そのときの勢いにはなったが、いま現在塔にいつづける理由にはならない。

なみのさんや吉川さんに最初に賞と名のつくものをもらったのもきっかけだった。でもどちらも小さい賞だし、オレのその後に大きく影響したとはいえない。
それに、手から餌をもらったからなつくなんて、オレは犬猫かよ。ココロザシはないのかよ。

塔か未来かで迷って、塔のほうが会費が1000円安かったことも動機だった。些細なようだが、それはいまも気にしている。


仕事しながら結社のこと考えていた。やっぱり移りたい。未来にすれば結社誌を読む時間が大幅に短縮できそうだ。どこに誰が載っているかが読む前からわかるとなれば。ランダムのよさももちろんわかるけれども。

塔を修行のようにすべて読んできたけど、もちろん収穫もあるけど、そこまでしなくても差し支えない・時間の無駄じゃないかという思いは拭いきれなかった。

月集も若手もだけど、自分以外で毎月ほんとうに待ち遠しい作者が塔にはいないんだよ。自分のところをチェックしたら、あとは負担というか修行になる。



トウヤメロとか言ってきたやつがいたな。三回くらいいやがらせされた。言われてるうちは辞めるもんかと思うが、言われないとあれだな。






「未来」にメールで見本誌を希望した。動き出したわけだ。もしかすると来年1月あたりから、オレは別の所属になっているかもわからん。


塔は、選歌欄評を担当していたときはヤル気だった。でも歌会に行って続けられないと思った。
塔にはほんとに世話になった。まだ移ると決まったわけではないけど。ずっといるかもしれないけど。

失うものもあるからなあ。塔のいいところも色々思い出される。見本誌を見たうえで、何ヵ月かかけて考えてみたい。


mk7911 at 22:11|Permalink